エクラン・オート・ルート Haute Route des Ecrins
2日目 6月27日 晴れ
セレ小屋 Refuge du Sélé 〜 エールフロワド峰 Ailefroide 〜
セレ小屋 Refuge du Sélé
出発地点と到着地点 | 標高 | 所要時間 |
セレ小屋 Refuge du Sélé | 2511m | − |
エールフロワド・オリエンタル峰 Ailefroide Orientale : PD+ | 3847m | 5時間40分 |
セレ小屋 Refuge du Sélé | 2511m | 3時間50分 |
いつものことだが山小屋では良く眠れない。高度のせいか、気持ちが高ぶっているせいか、はたまた部屋で必ず1人はいるイビキかきのせいか・・。手元の時計が3時25分の目覚まし時間を指す前に完全に目は冴えていた。それでも25分を待って飛び起き、手早く着替え、足元にある準備が整ったザックを携えてヘッドライトの明かりを頼りに食堂へ向かう。3時30分、朝食。 朝は誰もが口数が少ない。昨晩確認した天気予報をもう一度確認し合いながら、ジャムを塗ったパンを紅茶と共に胃に流し込み、乾燥フルーツを食べる。食べ終わった食器を台所口に片付け、気温を知るために外へ出る。今日は標高3900m地点で0度との予報で、ここ2500mでもさほど寒くはない。誰もがやはり無言で靴を履き支度をしている。イギリス人2人はブッフ・ルージュへ、ガイドパーティ4人は私達と同様エールフロワドへ、9人グループはどこをやるのか聞かなかった。4時10分、出発。 登頂後またセレ小屋に戻り今夜もここに泊るため、ザックの中にはアイゼン、ピッケル、ジャケット、水、行動食しか入ってなく、背中の負担は軽い。すでにヘルメットとハーネスは装着している。 エールフロワドの登頂は、岩場登り、雪渓をトラヴァース、尾根をトラヴァース登攀、更にこの尾根を真上に登攀、エールフロワド氷河の登り、とミックスルートで、約1300mの高度差を登り詰め山頂へと達する。 小屋を出たらすぐには登り始めず岩場をトラヴァース気味に西へ進む。スラブの岩ではわずかなへこみや出っ張りしかなく、ワイヤーも張られていないため、慎重に足を置いて這いつくばらないと100m下の氷河に一気に落ちてしまう。エールフロワドの登攀は最初から手強いらしい。 200mくらい進んだだろうか、いよいよ登り始める。といっても朝陽はまだ山々を照らしてはおらず、ヘッドライトの明かりだけでは上方のルートは黒色に沈んだままだ。。登り始めは岩場とザレ場で、累々と続く岩石の合間をぬって確実に高度を稼いでいく。1時間ほど経っただろうか、次第に陽が稜線を照らし出し、山々は申し合わせたようにその山容を見せ始めた。 真上には岩峰ピック・サン・ノンが威厳をもってたたずんでいる。そこからそそぎ落ちる氷河の末端に達し、左へとトラヴァースしていく。雪渓が出てくるが、このあと岩場登攀となるのでアイゼンは着けず、100mほどの距離を急斜のためピッケルで足場のステップを1歩1歩削って歩く。静寂の山に「ガリッガリッ」という音がこだまする。下方に見えているガイドパーティはこれで歩きやすいだろう。エールフロワドから続いている尾根が見えてくるが、これを乗り越えさらに左へとトラヴァースしてから真上に登攀していく。 |
夜明けのセレ氷河 小屋からよりも更に近くに見える |
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遠くにイタリアの山並みが見える 見難いが写真中央奥にうっすらとモン・ヴィゾが見える |
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向えにはポワント・ギヤー3461mとブッフ・ルージュ氷河 | |
エールフロワドから続く尾根 雪が付いているチムニーの下を向こう側へトラヴァースしていく |
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尾根に取り付いた時にセレ小屋方面を振り返る | |
尾根のトラヴァース |
雪渓が終わり尾根に取り付こうという段では、ベルクシュルントが雪庇のように大きく張り出し口を開けていた。雪庇の先端に安易に乗ることはできないし、かといって先端と岩までは1m弱くらいあろうか。パートナー2人は手早く雪を削りスリングとカラビナを掛ける。そしてアンザイレンしたロープをそこに通した。体重の一番軽い私がまだ早朝で硬さの残る雪庇をゆっくりと進み、先端から大またぎし岩へとへばり付いた。もう少し登り自分を固定させ、あとの2人を確保する。そこからは登り気味のトラバースが続く。 尾根を回り込んでようやくのことでこの山のお腹の部分が抱えているエールフロワド氷河と対面した。 |
小屋を出発してからは左(西)へ左へと進んできたが、ここからはまだ視界には入っていない山頂目指して上へ向かって登攀が始まる。この辺りで標高3150m位。岩との闘いは晴天のもと、強くなってきた風をこらえながらだ。登攀はスラブが何箇所かあるが特段困難もなく、難易度で言ったらIIIくらい。3人がロープでつながれていることもあり、トップが随所スリングとカラビナを岩に掛けロープを通しどんどん登っていく。3番目の私はそれを岩から回収し2番目を通じてトップに返していく。上からは時々「ça
va ? (大丈夫?)」と声がかかる。とてもテンポ良く登れるため、このまま山頂まで岩場が続いて欲しいとさえ思った。 3400mまで上がるとやや広い雪渓地帯にでる。ここで小休止を取り、アイゼンを履く。山頂まで標高差約400mは雪上登攀となる。先ずこの広い雪渓を登ると、右にカーブした通称「バナナ」と呼ばれる地帯に出る。 こことさらにその先山頂までの雪・氷斜面は急だ。 風が俄然強くなり、足を踏ん張らないと立ってられないくらいだ。水を充分に飲み、行動食のアンズとプラムを食べ、ピッケルを握り締めてまた1歩を踏み出す。大きなジグザグを繰り返しこの400mの標高を少しずつ縮めていくのだ。自分の呼吸音が耳に大きく響いているのを感じる。 「バナナ」の入り口は細い通路で雪も締まってアイゼンがよく噛む。風は標高を増したせいか更に強くなり、「バナナ」に入った頃には急斜面も手伝ってピッケルのピックを突き刺しながら這うようにして登る。私の歩調が遅くなったのか、時折2番目とをつなぐロープがピンと張る。 「バナナ」を登りきるとハッとした。初めて山頂が見えたからだ。空の青と雪の白、岩のこげ茶以外は目に入ってこない。日陰地帯をようやく抜け出し、全身に当たった陽の光はとても柔らかかった。 最後の急斜面は夢中で登ったため良く覚えていないが、朝陽に輝く白い山頂だけ見ていた。気が付いた時には続く斜面はもうなくなった。 9時50分、山頂。 |
岩場では手懸りは割りとある | |
見上げていたエールフロワド氷河が真横に見える | |
この広い雪渓でアイゼンを履く 中央上に右へとカーブする「バナナ」が見える |
感激は期待よりももっともっと大きかった。息を呑んだ。先ず私の目はバール・デ・ゼクラン4102m
の険しい南壁に吸い寄せられた。少し張り出した雲にその鼻先が届きそうなほどだ。バールに隠されてしまったメイジュ3983m
の針先や昨年登攀したラトーも見える。 人間が手を加えていない美しさがここにあった。 |
バール・デ・ゼクラン 4102m の南壁 | |
セレ氷河と明日越えるセレのコル 中央ちょっと右よりがピラット氷河 |
雪に覆われているドーム状の山頂をあとにして、下りも同じルートを取る。 雪は登りの時よりも柔らかく、下るというよりも体重と勢いに任せてズンズンと落ちていく。稼いだ標高を下るのはあっという間だ。岩は陽が当たってもやはり冷たいが、見上げた時のような威圧感はない。往路で飛び移ったベルクシュルントは幸い3人が飛び移るのに耐えるほどの固さを保ってくれており、嫌になるほど長いガレ場の下りではカモシカと遭遇した。夜明け前の登りでは気が付かなかった小さな木造の旧セレ小屋が壁肩にひっそりと建っていた。そして青空が戻り、風が止んだ頃、セレ小屋が見えてきた。着いたら先ずビールを頼もう。13時55分、セレ小屋着。 |
ピック・サン・ノン3913m とその奥ペルヴォ 3943m | |
旧セレ小屋とセレ峰 3556m | |
セレ小屋 |
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